見出し画像

ハイカロリーな付き合い

土曜日、科学技術館へ。大きなプラネタリウムや、科学に関する展示物やたくさんの遊具がある。館内は飲食禁止となっているので、入場料以外にお金を使う機会もない。家族連れやスタッフも多く安全な場所だ。

娘と、友人のAちゃん、Bちゃんを誘った。毎日学校で顔をあわせるのに、彼女たちは急に会える予定が決まるととても喜ぶ。子どもたちだけでも大丈夫でしょう、と行き帰りだけ付き添って、入場したら3人で遊ぶ様に伝えた。

学年が上がり、色々なルールも理解しだした。幼稚園の頃のように、親がつきっきりで遊びに付き合う必要もない。今、娘が一番すきなことはゲームよりアニメより、やっぱり友だちと遊ぶことだ。しょっちゅう、友だちと嫌なことがあったと愚痴るけれど、それでも友だちと遊ぶ事をやめない。

産後すぐに購入して、育児で迷った時の拠り所としている本がある。

ほとんどが乳幼児期について書かれた内容だけれど、就学後に触れた内容について印象に残っている箇所がある。

子どもたちは遊びのなかで、遊び相手と自分の意見や考え方が、ときどきちがうことに気がつきます。そういうとき、あるときは自分の意見をおしとおし、またあるときは友達の立場や主張を認めて、その考えを優先させるなど、相手の能力や性格をみつめながら、自分のとるべき態度や役割を自覚し、臨機応変に対応できるようになっていきます。
子どもへのまなざし P160

他人への理解と、自分への認識は同じ意味をもつ。友達に共感すること、理解することは、自分の感情をみつめること、理解することと同じなのだろう。

友だちが多いことが正義だとは思わない。ただ、自分と人とは違うことを自覚していないと、思わぬタイミングでつまづく。それを知る機会は「子どもと大人」という差が大きい関係ではなくて、立場の同じフラットな関係でないとなかなか得られない。

子どもたちを迎えに行ったら、まだ遊び足りない様子だった。隣の公園で、30分追加して遊ぶことになった。

たった30分の間に、遊ぶ場所、遊び方でもめる。希望が通らず娘がすねる。AちゃんとBちゃんが鬼ごっこのルールで喧嘩する。三人娘の結構な衝突に、私が内心うろたえる。

それでも、寒いといった子に上着を貸す、飛んで行った靴を拾ってあげる、お互いできたことを褒めたりする。

大人より何倍もバチバチにぶつかり合う子たちに、この付き合い方は大人になると無理だなあと思った。カロリーが高すぎる。心からの笑顔、怒った顔、歓声、苛立って掴みかかる手。

今は、自分の事も友達の事もよくわからない時期。中学生になると、自分を客観的に見つめ、近い価値観の子たちとつるむようになるのだろう。子どもたちの遊びを間近で見られるのもあと少しだ。